Quartette page5
戦いに精彩を欠いている。それ自体は毎度の事であって、今に始まった事ではない。緻密な駆け引きや矢継ぎ早の連撃は、ウヅドにとっては二番三番目に位置する要因(だ。重戦士(に求められるのは、相手を圧倒する迫力。全身全霊の覇気闘魂が、並み居る敵を屠り続けた最大の武器。
しかし、今はその武器は刃毀(れしたかのように鈍くなっていた。
対するテインの斬撃に、甘い所は何も無い。力の入れ方と乗せ方、流れの呼吸、間合い。何より、斬る事への迷いの無さ。
(駆け出しの頃は、剣を振るう事が正しいかどうか、いつも迷うていたクセに……)
いつの頃からその迷いが吹っ切れたかどうか覚えているようで、実は記憶には無かった。
信じる事による強さ。愛する妻子を守る事、道を踏み外したウヅドを制する事。自分自身が正しいと信じる心は、戦いその物を確固たる物に変える。
確固たる物(が、今の自分には無いような無力感に捕われて、ウヅドは慌てて頭を振った。
ある。あるからこそ、かつての親友と刃を交わしているのだはないか。
(怒りじゃよ……ワシを突き動かすのは、怒りじゃよ)
息付く間も無く繰り出されるテインの攻撃を、何処か冷めた視線で追い、避け、弾き返しながら。ウヅドは自分に言い聞かせるように耽(っていた。
(全ての生命に対する怒りが、焦がす程に急(き立てるのじゃよ)
真一文字の唐竹(割り――身を引き、優々に避けると、隙を狙って両腕で掴んだ斧を振り抜こうとするが……
(全ての命を枯らし尽くせ。そう、叫び続ける。例えそれが叶ったとしても、残る物は虚しさだけだと知りながら、の)
手首を返して跳ね上がる逆袈裟の斬り上げ――踏み込もうとした一歩を踏み込めず、機会(を逸する……
(じゃから、全ての生命を滅ぼすと同時、ワシ自身の命も枯れれば良いと思った)
軌跡に急停止が掛かり、流れるように刺突へ移行――驚き、それでも辛うじて上体を振って一撃を躱す。脇腹を掠め、浅い溝を穿った……。
(それを望んで、命を遍く司ると言う、この魔神(を求めたのではないのか?)
逃すまいと迫る、胴薙ぎの一撃が、ウヅドを捕えた。刃は溝を穿った箇所を正確に打ち、鋼の鎧を拉(げさせた。
打撃による苦痛で顔を歪め、平衡(を失ったウヅドに、次の一撃が繰り出される。流石に命を奪おうとするのではなく、利き腕を切り落として戦力を奪おうとした一撃だったが。
躱(せえぬはずの斬撃。それが、虚しく空を切り、床石を打って乾いた音を立てていた。
大斧(に呪文付与(されている呪文(が発動したのだ。呪文(は移動系呪文(。使用者の意志力に呼応して、20mの可視空間内と言う限定された範囲での瞬間移動を可能とする代物。欠点は、使用者の精神力をゴッソリと奪ってしまう為、一日に数回限定及び連続使用には向かないと言う所。
過去、幾度にも渡りウヅドを――そして、テイン達を――危地から救ってきた呪力を秘めた斧(。その恩恵が、今はテインを危地へと貶(める。
苦痛と疲労に苛まれながらも大斧(を振り上げるウヅド。眼前には、背を向けるテイン。振り下ろせば、すぐにでも首を飛ばせる。
「ワシが望んでいるのは……」
乾いた声音で我知らず洩らした呟きの先を繋げない事に、フとした拍子に気付いた。何故なのか、それさえも解からなかったが。
それでも斧を振り下ろそうとしたした時――視界が赤く染まり、爆音が耳を劈いた。
フェリアの放つ"焔獄煉火("に気を取られた瞬間。
ゴッ!!と言う音が、脳内を駆け巡った。視界が刹那の間だけ暗転して、晴れた時には乱れていた。一瞬と言う長い時間喪失(の後で、漸く痛みが追って来た。
騎士としての美しさを持たないテインの回し蹴りが、ウヅドの頬を打っていた。鉄靴(で鎧(った踵の一撃は、並外れた耐久力を有する土妖精(種族を秒単位の短い時間だけでも戦線から追い遣るには充分な威力を持っていた。
床上に大の字に転がるウヅドを確認すると、テインはウルトシエに向き直って走り出した。四角法陣(に身を置くウルトシエは、強力な"焔獄煉火("の一撃を受けて尚無傷で呪唱(を続けていた。
赤く腫れ上がった頬の傷みを意識的に追い出して、ウヅドは身を立ち上げる。
テインは、雄叫びを上げ、ウルトシエへと斬りかかっていた。殺したくないと思っているはずだ。しかし、その一撃に迷いはなく、場合によっては殺す事さえ厭(いはしないであろう。残酷では無くても、テインはそう言う覚悟を持った男だ。
「小娘……!」
ウヅドは呟いていた。深い精神集中(に入るウルトシエの耳には、テインの雄叫びは届いていない。大袈裟にも見える身振りを加えた呪唱(を朗々と続けていた。
「小娘!!」
叫ぶと、脇腹に激痛が走る。恐らく、肋骨(の二本三本は持って逝かれたであろう。
テインが、斬撃の間合いに入っていた。
「ウルトシエエエエエェェェェェェェ!!」
絶叫の瞬間には、呪文(は解放されていた――
良質な真銀(鉱石がワシらの所有する鉱山の一角から掘り出されたのは、今から二年程前。
真銀(鉱石には、大雑把に言って二つの価値がある。
一つの価値は、稀少性を持つ宝物として。それ自体が虹色の輝きを持ち、ワシら土妖精(種族のように芸術品の加工に長(けた者がこれを加工すれば、恐らくは比肩する物の無い芸術品が出来上がる事であろう。
もう一つの価値は、魔力の永久保存(の能力。正しい術式手順(を踏んで加工された真銀(鉱石は、強力な魔力強化(や呪文付与(を成される魔法の道具(となる――現在ではその手順は失われているが、書物を読み漁(ったり研究を重ねれば、加工技術の復活も遠い未来の夢ではないであろう――。
元々稀少性に富み、過去の乱掘によって既に掘り尽くされたと言われる現在では加工済みの遺産のみと言われていただけに、この価値は計り知れない。
ワシらは部族協議の結果、これを秘する事とした。万が一にも真銀(鉱石が採掘されると知れ、それを軍事目的に加工されると知れれば、危(うい均衡(で保たれた軍事均衡(は崩れ、暗黒の時代に突入しかねないと危惧した上での決定。真銀(鉱石に宿る魔力は、それ程に強力なのだ――例えば、創造系呪文(を誰でも行使出来るような術杖(や、鍬しか持った事の無い農民でも手にするだけで一流の戦士(へ早変わりするような刀剣(が製造された時の事を考えてもらえば良いじゃろう――。
しかし――奴らは唐突に攻め来た。正人(種族が夜間行動を苦手とするように、ワシら土妖精(種族が苦手とする早朝を狙って。
理由には易々と予想がついた。真銀(鉱道を狙っての事じゃろう。掲(げられる戦旗は隣接する都市国家で、「傭兵都市」の異名も持つタスクレイズの旗。前日まではワシらの作った工作品――日用品や工芸品から、武具・防具まで――を輸出していた都市国家じゃ。真銀(鉱石を奪い、戦力強化を成して他国に攻め込もう――そんな所じゃろう。血の気の多いタスクレイズらしい、傍迷惑(な考え方じゃ。
起き掛けで鎧を着込む暇は無かったが、ワシらは武器を手に立ち上がった。ワシら部族の戦士は全部で六十七人。老若男女に関係は無い。男も女も戦士であり、若輩(者も自分の身くらい守る事が出来、老いはあってもそれは老成であって老衰ではない。皆、誇りと勇ましさを武器に、果敢に立ち向かった。
攻め来た敵は、金で雇われた混成傭兵部隊。数は、二百前後。大陸人口の五割弱を占める正人(種族から、火妖精(や風妖精(などの妖精(属、有翼人(や小人(の亜人(属、猫人(や虎人(の獣人(属、それらの混血児達。そして、部族を異にする土妖精(種族と、
「……ウ……ウヅド……?」
部族を同じくする、見知った知人。大斧(に呪文付与(された呪文(を解放し、敵大将の眼前へ遠隔移動(した。とは言っても、敵大将(は切り立った崖の上で戦況を確認しておったから、崖下から飛んだワシは、視野的に敵大将の眼前にならざるをえなかったのじゃが。
前触れもなく無音の転移を行なったワシの姿を確認するなり、そいつは――敵大将の隣にいる知人カルバはワシの名を呟いた。
大人しくて気さくで、良い奴じゃ。煽(てに弱く時折愚行に走ってしまう事もあったが、それも含めて良い奴じゃった。いつも口癖のように「村なんて小さな場所じゃなく、もっと大きな所で優雅な暮らしを堪能してやるんだ!!」と言っていた。ワシらはその夢を肴(に、毎日の酒を楽しませてもらった物じゃ。
ワシは敵大将の存在も忘れ、カルバへと注意をやっていた。何故、貴様がそこにいる?と。
カルバは答えた。そこだけ局所的な地震にでも見舞われたように、ガクガクと全身を揺らしながら答えた。
「ゆ……許してくれ……。魔が……刺したんだ……。外の世界での地位と報酬に……目が眩んでしまったんだ……」
ワシは、それだけで全てを理解した。文字通り、魔が刺したんじゃろう。夢を叶える為に、ワシらの部族を売ったのじゃ。じゃから、密しておいた真銀(鉱石の事実が洩れた……。
ワシは怒号を上げておった。毎日のような子供の悪戯(で済ませるような愚行ではなかった。それは、土妖精(種族の誇りを傷付けたも同然の、最低の行為じゃったから。
怒りの爆発に恐れを成したカルバは、抜けた腰を惨(めったらしく土に付けた。戦士としての誇りさえ、奴は失くしておった。あまりの惨めさに、涙さえ出てきた。
怒りに感()けていたワシは、じゃから危険の存在に気付くのに、致命的な時間喪失(を作っておった。
朝日が金属から返す閃光。気付いた時には既に遅かった。辛うじて眉間を避けたものの、投擲針(はワシの左眼を抉っておった。
焦げるような熱さは、そのまま視覚を失う事への苦痛を現わしていた。残った右眼でその出所を探ると、そこには闇妖精(の小男が、ニヤニヤと下卑た笑みを零していた。
半減したワシの怒りの眼力に怯む事なく、素早く呪唱(に移っていた。
させるか。思った時には、背中に同じような熱い激痛が走っていた。
激痛による悲鳴を噛み締めながら視線を転じれば、崖下から翼をはためかせ飛び来た有翼人(の剣士(の刃が、ワシの背に深い傷を作っていた。
恨み言の一つも残す前に、腹部に突き刺さる光弾系呪文(。
ワシは、重たい体を中に舞わせ……崖の下へと叩き落されて――
意識を取り戻した時には、事は全て終えていた。集落は敵味方の亡骸(だけに埋め尽くされていた。これならばまだ人っ子一人といない無人の街(の方がまだ居心地も良かろう。
敵部隊は、恐らく一旦引き返したのだろう。どうせ片道に一刻(≒二時間)も掛からない距離だ。鉱夫(等の従軍がいなかった事も考えると、金目当ての傭兵を本国に追い返してから、入れ替わりに鉱夫(達を動員して真銀(鉱石を掘り出そうと言う魂胆なのだろう。敵の生き残りを掃討しないのは迂闊の一言に尽きる所だが、その迂闊さのおかげで止(どめを刺されずに済んだ事を考えれば、複雑な心境にもなる。
ワシは傷付いた体を強引に突き動かした。眼球を失った傷――剣による負傷――崖から叩き落とされた打撲と骨折。命を存(らえたのは、日頃の鍛練の賜物だろう。
知人や友人達の亡き骸を踏み潰し、斧を杖変わりに突き、ワシはその場を去った。家内と息子達の亡き骸は、発見出来なかった。もしかしたら、鱠(切りにされた遺体や、焼き焦がされた遺体がそれだったかもしれなかったが、詳しく調べているだけの時間は無かった。
いつ、敵が舞い戻って来るか知れなかったから。ワシが死んでしまえば、復讐を果たす事の出来る者が消えてしまう。じゃから、ワシは敗者としてこの場を立ち去った。
胸に、たった一つの「復讐」を秘めて。それは、殺戮者達に対する復讐ではなく、もっと広く――全ての生命に対する復讐と言う、理不尽な怒りであったが。