Quartette  page3

 ギィン!!金属同士が噛み合う甲高い剣戟けんげきの音。あまりに冷たく虚しく広いこの大空間では響くのではなく、ただ余韻を残して吸い込まれるようにして消えて逝く。
 テインの振り下ろした魔法剣の一撃を、ウヅドは大斧グレート・アックスの腹面で受けていた。その表情が驚きに歪むのは、顔を合わせなかったこの20年もの月日で、予想以上にテインが腕を上げていた事に対して。
「ウヅド!!どいてくれ!!解かってるんだろう?!こんな事が無意味だって事くらい!!」
 剣と斧のつばり合い。使用者同士が全く対等であると言う条件ならば、一撃の重い斧の方が事は有利に進める事が出来たであろう。しかし、現実はテインの魔法剣は遥かなる高見たかみから打ち下ろされる。重力と言う大地の加護を受けた一撃は予想以上に重く、それを受け止めるには大斧グレート・アックスを持ち上げる形にならざるを得ない。利に繋がるはずの斧の重量は、この時ばかりは仇となって身に降り掛かった。
「フン!!意味ならあるわい!!愚かな生命を根絶やしにする。それだけで――」
 重力の加護から一切見放されようと、ウヅドは怯む様子を見せようとはしなかった。勝機を自分で切りひらいて来た者だけが持つ自信が、その強気をせてくれるのだろう。
 右腕をサッと手放し背中へ回すと――
「充分じゃ!!」
 斧の腹を力任せに叩き付けた。
 予想外の衝撃が、斧から剣、剣からテインへと伝導する。全体重を乗せていたのが災いし、行き場バランスを失った力がテインの体勢を大きく狂わせた。
 ウヅドは斧を叩いた手を改めて柄に添えると、間隙置かず大斧グレート・アックスで斬り付ける。
 考えるよりも早く生存本能が働いた事が功を奏した。岩をも割る一撃は、僅かに鎧をいで溝を作るに終わった。
 床を派手に転げ回ると、鎧が床を打つ音が耳元で鳴って耳障みみざわりだった。それでも素早く身を立て直すと、魔法剣を手早く構える。長い騎士生活で得たみやびやかな戦闘技術ではなく、冒険者時代に培った泥臭い兵法の方が、今は役に立つ。
 瞳をウヅドに向ける。
――仲間の決心を揺らがせるだけの説得力を持たない自分自身に対する憤り。
――こんな方法しか思い付かなかったかつての戦友に対する遣る瀬無さ。
――それでも刃を交えて、娘と息子には幸せな人生を送って欲しいと願う一種傲慢な決意デターミネーション
 それらを混沌としながらに秘めた、不思議な瞳だった。


 二年程前。突然訪れた戦友。ウヅドだけ、もしくはウルトシエだけだったら、その驚きはそれ程でもなかったと思う。二人は、連れ立って訪れた。似合わない組み合わせカップリングだと言うのが、正直な感想だった。あれ程仲が悪かったのだから、二人きりの道中はさぞや険悪な物だったのだろうとも思い、同情した。
 しかし、その驚きも小さい物だった事を、俺は直後に思い知らされた。
 俺は娘と息子――娘は狐人フォクシネスで名はセシィ、息子は正人ヒューマンで名をフォーレンと言う――を妻とウルトシエに任せて、ウヅドと話し込んでいた。
 小さいながらに色取り取りの花に包まれた庭ではしゃぎ合う二人の子と、旧知の二人の女性に優しげに瞳を細めながら、ウヅドはこう言った。
「ワシと、一緒に来んか?」
 と。何処にとも、何をしにとも言わない。訊ねると、ウヅドは俺の目を見据えながら言った。仄々ほのぼのとした昼下がりの光景を眺めていた、好々爺こうこうやとしての瞳では無い。暗く落ち込んだ、しかし真剣な瞳だったから。
「生命を、滅ぼしにじゃ。」
 初め、何を言っているのか解からなかった。次に、何を言いたいのか理解できなかった。最後に、冗談を言っているのだと理解した。
 俺は一笑に伏した。声を上げて笑った。一頻ひとしきりの笑いの後、突然何を言い出すんよだと。久し振りに会ったあの頑固者が、まさか冗談を飛ばすとは――
「ワシは、冗談は嫌いじゃよ」
 俺の笑いは、一瞬で沈んだ。理由を問うた。何故、そんな事を言うのかと。
 ウヅドは、理由を話さなかった。ただ、その真剣さだけを瞳に宿したまま、もう一度俺に回答を求めた。
 当然、返事はノーだ。俺は殴り飛ばしてでもウヅドを止めるつもりで席を立つ。確かに俺は若さの盛りを過ぎた男だ。それでも日々の鍛錬を欠かした事は無い。正直、負けない自信があった。
 その時、悲鳴が起こった。セシィとフォーレンの苦しみの悲鳴、それとフェリアの驚愕の悲鳴。
 庭からだった。俺は、慌てて視線をそちらに移した。そこでは、綺麗に咲き誇っていたはずの花々が、家族を雁字搦がんじがらめに縛り付けると言う現実離れした光景が作られていた。その蔓をギュッと引き絞れば、愛する二人の娘達は容易たやすく命を刈り取られるであろう。
 精霊魔術サイレント・スピリット。自然に遍く精霊から魔力を借り受け、呪文スペルを行使する九大魔法ナインズ・ルーンが第七位に位置する魔術。そうと知っているのは、冒険者時代には幾度と無く俺達を窮地から救い出してくれた恩ある魔術であり、ウルトシエが最も得意とする魔術だったから。
「動かないでちょうだい。私も、フェリアや貴方達の子供達を傷付けたく無いから」
 そう言ったのは、ウルトシエだった。冷たく、でも悲しそうに、そして申し訳なさそうに。
 グッとなって動きを止めた俺の鳩尾みぞおちに、ウヅドの強烈な拳が叩き込まれる。二十年間鍛えに鍛えてきたつもりだったが、それも虚しく、膝を突き、崩れ落ちた。
「……おヌシなら、解かってくれると思っていたが……。所詮はヒヨッコか」
 薄れゆく意識の底で、俺はその言葉を聞いた。
 意識を取り戻した時には、既にウヅドとウルトシエはいなかった。見回せば、植物に絡め取られたままのフェリアと、泣き疲れたのかそのまま寝息を立てて眠るセシィとフォーレン。
 俺は果物小刀ナイフを使って三人を植物の呪縛から解放した。それから、後任を副騎士団長に任命して、二日後には旅出った。理由は、話さなかった。全ては内輪の問題だったから。

to be continued...

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