氏の言霊使い

「ねェ君。このの事、知らない?」
 やってる事は単なる変質者なんじゃ……?そんな鬱な思考を向こうへ追いやり、位置場は「知らないよ」とソッポを向く少女にがとうと返す。
 尋ねて回っているのは、昨夜ゆうべの少女の事。場所は、少女が通っているであろう私立の女子中学校。時刻は丁度下校時間。早い所情報を聞き出して御暇おいとましなければ、学校の教師達に負い回され兼ねない。
 次で一体何人目どれほどになるであろう?軽く見積もっても三十人には声をかけている。それでも誰も、北村と名乗る少女の事を知ってはいなかった。どうやら、漫画の中の登場人物のように何らかの形で――良かれ悪しかれ――知れ渡るようなでは無いようだ。
「ねェ君達。このの事、知らないかい?」
 いつもの見窄みすぼらしい長外套ロング・コート姿で、位置場は三人組に声を掛けた。少女達は不審に思いながらも、恐る恐ると言ったていでその写真にうつる少女の姿を覗き込んだ。
 写真は、北村の生徒手帳から無断で失敬した白黒モノクロの拡大写真。画像が荒く所々色が潰れている所もあるが、彼女の事をよく知る者にとっては誤判断の原因になる程の雑音ノイズでは無いであろう。そして、それはすぐに実証される。
「あれ?」
 内一人が、疑問符を浮かべた。脈有りと、位置場は目を光らせた。
「これ、アンちゃんじゃないの?」
「本当だ?アンちゃんがどうかしたん?」
「このについてさ。少しだけ聞きたい事があるんだけど。時間とか都合とかって、今良いかな?」
 何故アンちゃんと呼ばれるかわから無かった。生徒手帳から見て取った彼女の名は、確か北村楽志らくしだったはず。それについても言及してみたいと好奇心に駆られた。
 三人娘は「おごってくれるんなら別に良いよ」と、異音同意に即答した。
 最近の教育はどうなっているんだろう?知らない人間に簡単に付いて行ったら駄目だと習ってはいないのか?それについても聞いてみようかな。位置場は思った。


「それでェ、その子ったらさァ、もっの凄っく鈍臭いトロイのよォ。聞いてるゥ?位置場ァ?」
 何で初対面のガキに呼び捨てにされねばならんのだ……。人選を誤ったと位置場が痛感したのは、喫茶店に入った三十分で四回目。
 一回目はここいらで一番高い喫茶店に引っ張り込まれた時。二回目は、そこで一番高い料理メニューを遠慮無しにドンドン注文してくれた時。三回目は人の質問には答えず、自分達で勝手に話したい事を話し続けている現在。そして、つい先刻。
(どうして北村の事を尋ねているのに、ここで水谷なんて奴の名前が出てくるんだ?)
 目の前で特大チョコレートパフェの二杯目を平らげる女子中学生を怨めしげに見ながら、位置場は頭を抱えたくなった。
「ねェ、位置場。次これ良い?これ」
 別の少女が、位置場の返事も待たずにウェイトレスを呼び付けて、間髪入れずに注文オーダーを取る。
 彼女達から聞き出せた事と言えば、少しだけ。位置場の都合も考えずにペチャクチャと話し立てるのが服部はっとり浮美江ふみえ。眼鏡を掛けた文系少女が清水しみず千恵美ちえみ。小太り気味の食欲魔人が原田はらだ琴芽ことめ。彼女達三人が中学校の二年四組の生徒である事。それくらいだ。
「しかもさァ……」
 位置場は既に、彼女の言葉に耳を傾けていなかった。ただ、命令文プログラムに従うだけの自動人形ロボットのように、適当に「へぇ」とか「ふ〜ん」とか、場合によっては「聞いてるよ」とか、相槌を打っているだけだった。
 彼は、昨夜の出来事を回想していた。


「あれ?そのは?」
 時は戻って昨夜。
 とあるマンションの四階。全体的に広く設計された3LDKの一棟ひとむねが、位置場渡の事務所だ。
 事務所と言っても、表立って何かをしているわけではない。彼自身、探偵でもなければ弁護士でもない。しんば暴力団であったとしても、穏やか〜な彼を見てると説得力は皆無だ。
 結局の所、何の為に設けられたのかが不明な事務所の中。一番広いリビングルームのドアを開けるなり、膝に置けるラップ・トップ型パソコンをカタカタといじくったまま、少女が位置場に疑問符を投げて来た。彼女の視線は――位置場には北村と名乗った――見慣れぬ少女に向けられている。見た所では、彼女よりも二歳・三歳くらい年下のようだ。
「自殺志願者。ああそうだ霊見たまみ。悪いけど、蒲団ふとん用意してくれるか?」
 霊見と呼ばれた少女は自殺志願者の言葉に驚く様子ふうも無く、北村に布団を敷く為部屋を移る。うなじの所で一ヵ所だけ結わえた長い黒髪が、踊るようになびいて彼女を追い、そのまま部屋から消えた。
 藤条ふじじょう霊見。旧名は珠美。それが、元気良くと言う形容が最も相応ふさわしい少女の名前。旧名に名前負けしまいと、文字通り『珠』の様に『美』しい少女に育っている。年齢は、今年で十七歳になった。
 電源が落とされぬままのPCを無視して通り過ぎ、位置場はテレビの前の長椅子ソファーに北村を寝かせる。
「よう、幼女偏愛家ロリコンくん。また中学生か?」
 グラスそそがれた葡萄酒ワインを優雅に飲みながら、四十路よそじに手が届きそうな男が位置場を冷やかす。軍人崩れにも見えるいかつい体格と面相には、優雅な葡萄酒ワインが酷く不似合いアンバランスだった。
「この年代としごろの子が、精神的に一番不安定なんだよ。お前には解かるまい?形命かたな
 苦笑混じりに、位置場は形命を一瞥した。
 筋骨たくましい男の名は、守部もりべ形命。旧名は片名。頬に大きく残る切り傷が、面相に更なる凶悪さを演出する。正確なよわいは三十七だ。
「そんな事言っても、位置場の目って時々危なくなるじゃない。中学生とか高校生の女の子見てる時」
 と、これは隣の部屋から霊見の声。
「霊見まで……。失礼な事を言わないで欲しいなァ」
「普段の行いだな」
「形命は黙ってろ」
「そう言う態度の豹変ぶりが、位置場幼女偏愛家ロリコン説に繋がるんだよ」
「そう言う事。はい、お布団用意できましたよ」
 二人から言葉で小突かれて少し落胆しながら北村を抱き上げた。
「襲っちゃ駄目よ」
「……」
 言いたい言葉は、何だか言葉になるだけの気力にはならなかった。


「ン……」
「あ?気が付いた?」
 まだ朦朧ボヤける意識に、まぶしい光が刺す。目蓋まぶたを慌てて閉じると、軽く頭を振った。それから改めて、目蓋を開ける。今度はゆっくりと。
 その数秒の時の間に、漸く自分が置かれている状況に対する疑問が生まれる。
「位置場。彼女、気が付いたよ」
 少女の柔らかい声の中にある「彼女」が自分であると認識してから、北村は身を起こした。
「あ、気が付いたかい?」
 寝惚けまなこの北村に、位置場は優しく微笑み掛けた。後から連れ立ってくる形命が「やっぱり幼女偏愛家ロリコンじゃねェかよ」と突っ込むが、それを無視して受け流す。
「どうだい?気分は?」
「……最悪……ここ……何処……?」
 畳敷きの地べたに腰を下ろす見知らぬ二人。面識だけは辛うじてあると言う程度の一人。合計三人の顔をグルリと見回してから、北村はどうして自分がこういう状況にあるのかを思い起こす。
(確か……)
 位置場と名乗るこの青年に、名前を聞かれた。何故答えたのかは自分でも解からなかった。名乗る必要なんかは無かったのだから。しかし位置場の瞳を見ていたら、何故か「名前」を名乗らずにはいられない衝動に駆られた――それでも結局、名乗ったのは姓だけだったが――。
 とまれ、彼女は自害の邪魔をされ、場所を変えようと思った。当然の如くそれは、位置場と名乗るこの青年に読み取られ、彼は抱き抱えたままで説得を始めた。
 そんな事は知った事か。北村がその束縛を破ろうと必死に暴れていると、不意に視界が暗転した……。
 記憶にあるのはそこまで。続く記憶は、一分にも満たない前の時点からしか存在しない。
「彼女、北村さん。こっちのが藤条霊見。『霊』を『見』ると書いて、霊見。こっちの中年オッサンが守部形命。『命』を『形』取ると書いて、形命」
 北村の物思いなどどこ吹く風で、位置場はそれぞれに簡単な紹介を成した。
「初めまして、北村さん」
幼女偏愛家ロリコン中年オッサン呼ばわりされる言われもェが、まァ、よろしくな」
 丁寧な霊見と、粗野な形命。二人から挨拶をされたが、北村は我関せずの態度を取る事にした。
「さて、話してもらえるかい?」
 位置場に問われる。何を、かは解からない。
 首を傾げる行動を取る事で、北村は疑問を表わした。
「自殺の理由さ」
「何でアンタなんかに話さなきゃならないのよ」
 即座に返る言葉には、取り付く島も無かった。位置場は微苦笑を浮かべて肩をすくめた。
「そう言わずに話してみようよ?なァ、楽志らくしさん」
 何気なく口にしたのは、北村の下の名前。彼女が気を失っている間に、失礼とは思いながらも拝借した生徒手帳から知った名だ。
 突然呼ばれた、呼ばれなれない呼び名。北村楽志は、射殺さんばかりの勢いで位置場を睨み付け、
「何でアンタが知ってんのよ!!」
 絶叫した。怒りと怨めしさが織り交じった、悲しい声で。北村は位置場の使い古された長外套ロング・コートの襟首に掴み掛かっていた。
「うぁ?!」
 虚をかれる形になった位置場。突然の彼女の行動に、対処の余裕無くそのまま背中倒しになってしまった。
「ちょっ!やめなさい!」
「何でアンタが知ってんのよ!!その名前で、私を呼ぶなァ!!」
 半狂乱で位置場の襟首を締め、前に後ろにと激しく揺さ振り始めた。止めに入る霊見も一緒に揺さ振られてしまう程の勢いで。成すすべ無く揺さ振られ続ける位置場は、後頭部を何度か畳にぶつけている。
「やめろやめろ」
 成熟する前の女性とは思えない程の怪力ではあったが、それでもやはり彼女は普通の少女だった。形命のちょっとした力で、簡単に手首を捻り上げられていた。
「私を……その名で……呼ぶな……!楽志なんて……呼ぶな!!」
 怒りが、哀しみに代わっていた。怨めしさが、悔しさに代わっていた。
 捻り上げられた手首の痛さよりも。他人にその情けない姿をさらす恥ずかしさよりも。楽志の名を恨み、彼女は……我知らず泣きじゃくっていた。


「どうして……その名前が嫌いなの?可愛らしい名前じゃない。そんな事じゃァさ、名前負けしちゃうよ、楽」
「その名前で呼ぶなって言ったでしょ!!」
 漸く落ち付いた楽志――否、彼女の意志を尊重して、北村と呼ぼう――が、おびえとも取れる程に敏感に、その名に反応を示した。
 霊見がビクッと身を震わせると、思わず首を亀のように引っ込めた。
「……ごめん……なさい……」
 霊見の挙動に、流石に罪悪感を感じてか、北村は素直な謝罪を言葉に変えて伝えていた。
貴女あなたが悪いわけじゃ、ないのよね……」
 心底申し訳なさそうな表情でかしこまる北村は、根は非常に優しい娘であるようだ。
「可愛らしい名前なのよね。それは私も思うの。だから、お父さんにもお母さんにも、感謝してる」
 無理に作った笑顔ではなく、心の底からの気持ちを素直に出した、年に相応の笑顔。
「でも、確かに私は名前負けしてるよ。折角可愛らしい名前をお父さんとお母さんから貰ったのに……。今の私……全然可愛くないもんね……」
 唇を噛み、両手で蒲団を硬く握り締めた。
 瞳に浮かぶ涙が痛々しくて、胸を引きつねる。
 だから、霊見には言葉に出来なかった。「そうじゃない」と。もっと、違う意味で名前負けしていると。言ってしまえば、彼女の弱い精神こころを粉々に砕き、葬り去ってしまいそうだったから。
「嬉しいよ、感謝してるよ……。でもさ、この名前のせいで、私はさ……ずっと、ずっとイジめられてきた。『どうしてこんな事するの?』って聞いても、『名前が変だから』って言ってさ。私が……悪いんじゃない……」
 北村が、小さくしゃくりを上げる。ただ、「楽志」の名前のせいだけで、彼女は苛められ続けていたのだ。自分の名前を、恨みたくもなるだろう。
「でもよォ。名前が変だってだけで、そんなにも苛められるもんか?」
 自身、苛められた経験なんぞ感胸形命が、ボソリと疑問を言葉にさしはさむ。
「初めはさ、私を苛めていたのは三人だけ。でもね……集団の心理って言うのは怖いのよ……」
 涙を拭う事も忘れ、形命に瞳を向けた。
「初めは興味も無く遠巻きにしていた周りの人もさ。一人……、二人って……。少しずつ、加わってくるの。理由なんて物は如何でも良いの。ただ、何もする事が無いから。周りがやってる事だから。その理由に、私の名前を使うだけ……」
 真実を語る彼女の言葉には、取り除く事の出来ない重みがあった。殺伐さつばつとした中学生の心理が大きく影響する苛めを、彼女は文字通り「身をって」経験しているから。
「でも、先生に相談すれば……」
「したわよ。わらにもすがる気分で一応、ね。でも……相談になんて、乗ってくれやしない。アイツらは、ただの職業教師。聖職者だなんて自覚は無い。ただ自分の保身の為だけに、苛めなんて見て見ぬ振りをするのよ。私が自殺した時に初めて『やめさせておけば良かった』って。反省じゃなく、後悔するの。そして記者会見でもあれば『そんな事があったなんて知らなかった』とか『もっと早くに気付いてやっていれば良かった』とか。心にも無い……言い訳にもならない御託ごたくを並べ立てるのよ」
 涙声で辛辣な北村の言葉に、霊見はまた、言葉を失っただけだった。
「親に相談はしなかったのか?」
「出来ると思ってるの?!」
 形命の言葉に、北村が殺意さえ孕む視線を倶して絶叫した。ただの一人の少女に気圧され、形命は驚きを感じた。
「相談しようにも、親なんていないのに!!」
 孕まれる殺意の意味を知る。形命は、思いも寄らぬ失言に絶句せざるを得なかった。
「例え親がいたって、なんて言えば言いの?!『アンタの付けた名前のせいで苛められる』って訴えれば良いの?!『何であんな名前を付けたんだ』って訴えれば良いの?!相談なんて……出来っこないじゃない!この名前に、感謝……してるんだから!!」
 気不味きまずくなって視線をそむける形命に、北村は更に捲くし立てた。誰に、でも無く。何を、でも無く。誰かに、何かを。鬱積した心の叫びは、止めるべきせきを持つ事はなかった。
「私を引き取った親戚も、『アンタの事なんて知りません』!『自分でそれくらい何とかしろ』!逆に叱り付ける始末!誰も助けてくれない、這い出そうとしてもそれさえ許してくれない!ただ、生まれて来た時に、私と関係なく付けられた名前のせいだけで!私は周りの全てから迫害され続けたのよ!……大好きな……大好きな名前のせいで!!」
 先刻からずっとこらえていられなかった涙は。今は、更に止め無く流れ続ける。
 涙で濡れる顔を、蒲団にうずめて覆い隠した。
 その姿を、最早どうする事も出来ずに――霊見と形命は見守った。ただ、見ていてやる以外の、あらゆる手段を講じ得なかった。
 彼らとて、哀しみや辛さと向かい合う事なく人生平穏に暮らしてきたわけではない。それでも北村の心の苦しさを、解かってやる事は出来なかった。もしかしたら、喉元を過ぎたせいでその熱さを忘れてしまっただけかもしれない。けれども、北村の涙の熱さを冷ましてやるそのすべは、見付からなかった。
 どうすれば……北村を助けてやれるか。そうする事を――他人を救ってやる事を目的に。例えそれが、彼女達の傲慢であっても。それだけを願って二人はこの事務所に集ったのに。二人には、その術が見付けられなかった。
 この晩、彼女は家には帰らなかった。疲れて寝息を立てるまで、彼女は泣き明かした。
 位置場は、ただずっと黙したまま、彼女を見守ってやっていた。


「それでさ。北村楽志っての事なんだけど……」
 三人娘を捕まえてから、なんだかんだで小一時間。服部浮美江の無駄話から漸く解放され、伝票の合計金額に肩を落としながら、位置場。対面の中学生三人組は、見るからに「もうどうでも良いや」と言う状態。つくづく選択を誤ったと後悔している。
「彼女、苛められてるって知ってた?」
 もう、一分一秒でも彼女達とは一緒にいたくない。その思いだけで、彼は単刀直入に話を切り出した。
「エ〜?本当?うちのクラスで苛めなんてあったっけ?」
 不思議そうに頭を傾げる千恵美の言葉で、彼女達が北村の級友である事に察しが付いた――逆に言えば、その程度の情報でさえ、今の今まで手に入れてなかったのだ――。
「でもね、実際彼女が告白したんだよ。そうやって。かなり……思い詰めてたよ」
「そんな事言ったってさァ。思い当たる節が無いし」
「あ、ひょっとしたらさ、アンちゃんの思い込みじゃないの?」
「うん、そうかも知れないね。アンちゃんって、幼稚園の頃から思い込みが激しいって言うか――」
「ちょっと、待ってくれるか?」
 スプーンをくわえた琴芽の言葉に、位置場は思わず確認を入れた。
「『幼稚園の頃から』って事は、君達は北村さんとは……」
「うん。幼馴染みよ。言ってなかったっけ?」
 聞いてないよ。位置場は心の中で悪態を付き、更に続きを促した。
「それでェ、思い込みが激しいって言うか、被害者意識が強いって言うか」
「そうそう。この前もアンちゃんが一人でいたから『遊んであげようか?』って声掛けたらさ、物凄い勢いで睨み付けてくるの」
「でも、やっぱり可哀想だったから、無理やりだったけど遊んであげたのよね」
「「「ねェ」」」
 三人の声が見事に同調ハモった。自画自賛の極みだ。位置場は呆れた。
「クラスの皆だって同じよ。アンちゃんてあんなだから、もしかしたら彼女の事嫌いな子もいると思うけど、皆アンちゃんの事気に掛けて遊んでやってるよねェ」
「そう。それなのに、アンちゃんてばいつも怒ってばっかり」
「今日だってクラスの皆で遊んであげたよね。面白かったなァ、アレ」
 ……彼女達の言葉を聞いていると、どうも昨夜の北村の言葉が誇張に思えて仕方が無かった。まァ、どちらが正しい事を喋っているのか。それを判断する材料は、まだまだ少ないようにも思えたが。
「有り難う。北村さんの事に付いて、少し解かったよ」
「良いのよ別に。たっぷり奢って貰っちゃったし」
「何なら他の事だって聴いてくれたって良いのよ。例えば……アンちゃんの性感帯とか」
「「「きゃはははははははは!!」」」
 幼女偏愛家ロリコンじゃ無い!!叫んでやりたい衝動をグッと抑えたのが悪かったか。笑顔が少し奇妙に歪む。
「それじゃァ、一つ。良いかな?」
 慌てて作り直した笑顔を向けると、
「何?何でも良いよ」
 と、代表して浮美江が応える。
「あのさ、どうして彼女の事、『アンちゃん』って呼ぶのかな?確か彼女の名前って、『きたむららくし』だろ?どこにも『アン』なんて言葉無いじゃない」
「ああ。それね。私が考えてあげたの。『らくし』ってさ、変な名前じゃない。呼びにくいでしょ?」
 悪気があって言ったわけではないだろう。しかし位置場は、千恵満の軽率な一言に眉根を寄せた。今の北村の心理状態を考えると、千恵満の言葉には絶対に賛同出来なかった。
 自らの名前の事で思い悩み、砂丘すなの上で風に吹かれるような、極めて不安定な。むしろ崩れてしまう事の方が余程自然な。そんな北村の心理状態を考えると、首は縦ではなく、横に振るべきだ。
 そんな思いを巡らせているとも知らずに、琴芽が続きを引き継いだ。
「それはね――」
 その理由を聞いた時。彼の心は、確かに黒く染まった……。


to be continued...

Return to Top-page    Rerurn to Novels-Index