第十七章 その心、本意にそぐわず悔やむだけ...

 大噛との死闘の終焉は、概算で36時間前。尾羽張にはその直後、三津草自警団詰所四階の一部屋があてがわれた。あまり広くは無いが、不便を感じるような狭さでも無い。たった一つの贅沢を言わせて貰うなら、空室だった長らくの時の間に積もった埃の存在が鬱陶しい、と言った事くらいだろう。
尾羽張君の思惑カタチがどうあれ窮地を救われる成り行きカタチになった事は事実。せめてもの感謝の気持ちを込めて、お客人として扱わせて頂きたい。疲れが取れるまで、どうぞゆっくりしていって下さい」
とは八尺瓊の弁。叢雲も不本意ながらに了承した。八尺瓊の弁の裏にある「襲撃者との関わりが明確になるまで、拘留しておく必要がある」と言う思惑を読み取ったからだ。
 尾羽張にしても、その申し出を受けるにやぶさかでは無かった。例え裏の事情はどうあれ、彼自身この街に――正確には、この街に居る叢雲に――より正確には、叢雲エサたか『蛇の輪廻』ヘビどもに、大事な用事があったから。
 それぞれに交錯する理由はあれ、ここは暫定的に「尾羽張の部屋」となった。
 その尾羽張の部屋に、今は五人――定員過剰オーバーだ。
 一人は部屋の主・尾羽張萩利。足を組み、腕を組み、しかし無礼ではあっても決して尊大ではなく、自然な居振る舞いで円筒造パイプ椅子に座している。
 一人は街の主・叢雲薙葉。一昨晩の重症が嘘のように元気な姿を見せるのは、―繋璽―の恩恵か、『剣聖』が持つ非常識な治癒能力の賜物たまものか――同じく重症を負った伊真が未だ安静の身である事からかんがみれば、恐らく後者の要因が強いのだろう――。円筒造パイプ椅子と面積的には殆ど大きさの変わらない粗造な方形机を介して、尾羽張と対峙する形で椅子に座っている。
 残りの三人は、八尺瓊瓊輝、八咫伽模、佐土布都建御。男二人は並んで寝台ベッドの縁に腰を据え、八咫は一種超然とした優雅さを纏う居振る舞いで窓縁に座る。
 彼らが尾羽張の部屋に押し掛けて来たのが、小一時間前。目的を聞けば、先日の襲撃者達――特に《大雷邪巳おおいかずちかみ》――について知る限りの事を教えろ、との事であった。
 その事に関してなら、自分よりも『蛇の輪廻』の手下どもに尋問すれば良いだろうに。言った尾羽張へと返されたのは「貴様に関係無い!」との叢雲からのげん。それは即刻却下され、八尺瓊が簡単に説明を加えた。
「彼らは今朝、死んでいました。詳細に関しては調査中ですが、どうやら死因は蛇毒のようです。私達が例の四人組に尋問を行おうと出向いた所、囚所に入るなり思わぬ待ち伏せに遭いましたよ。相手は全長4[m]に達する巨大なOphiophagus hannah――『巨大な蛇喰い』の学名を持つ、いわゆる毒蛇の王者キングコブラですね」
 虜囚の身となった四人が閉じ込められていたのは、自警団詰所地下二階にしつらえられた現牢獄・元霊安室。
 八尺瓊が言う所では、その牢獄の扉を開けた瞬間の奇襲だったらしい。ただ、いかに獰猛な毒牙を以ってした所で、奇襲した相手が最悪わるかった。叢雲が放つ一刀の元に、敢え無く斬り伏せられるに終わった。毒蛇が挙げた成果と言えば、飛沫しぶいた血で叢雲の服を少し汚した程度だ。
 死体からは、歯形の合致する咬み傷が見付かった。また、部屋の其処彼処そこかしこには、四人がこさえたのであろう引っ掻き傷が残っていた。
 自殺か他殺か自然の脅威か。自殺なら、全長4[m]に達する巨大な蛇をどのように隠し持っていたのか、他殺ならその蛇をどのように持ち込んだのか、自然の脅威だと言うのなら毒蛇の王者キングコブラがこの地を徘徊しているものなのか。それらを含めた調査は海泥麒と数人の捜査担当に一任し、叢雲以下四名は尾羽張の元を訪れた次第だった。
 そして、今に至る。
「とまあ、そんなワケでして。くだん大蛇おろちに関する事を知ろうと思うと、尾羽張君の知りうる情報だけが手立てなのですよ」
 狭苦しい寝台ベッドから腰を上げると、叢雲と尾羽張の間を割るように静かに机に手を突いた。
「こちらとしても、恩ある方に手荒な真似はしたくないのです。宜しければお話し頂けないでしょうか?」
 笑顔と言葉の裏にある真意を隠そうともしない。それでも、罪悪感――と呼べる程では無いにしても、後ろめたさを感じるのだろう。どこか、笑顔に覇気が無い。
 大きく息を吸い込み、そして吐き出す。尾羽張の大仰な溜め息は、それでも一応は承諾を意味していた。居候いそうろうの身である事を考慮しての承諾だったのか、別に意図があっての承諾だったのか、それとも意図無き承諾だったのか。八尺瓊には窺い知る事は出来なかった。尾羽張ほんにんにさえ理解できていないのだ、それも致し方あるまい。
 尾羽張が静かに語り始める。面倒臭そうに、ぶっきらぼうに。
「『蛇の輪廻』。《大雷邪巳おおいかずちかみ》――蛇の化け物とその眷属が所属する教団の名前だ」
「教団――宗教団体か?」
 短い叢雲の問いと、無言の尾羽張の首肯。
「前に一度、とっ捕まえた眷属を姉さんが尋問した事がある。その教えは『死と回帰』。詳しい所まで憶えちゃいないが、輪廻転生を信じて、自分の死を肯定する主旨だったはずだ。今は疲弊しきった世界でも、生まれ変わる事が出来れば、きっとそこは幸せな世界に違いない……。そんな、馬鹿げた事をクソ真面目に主張していたよ」
 尾羽張の対面で腕を組んだ叢雲の唇が、嘲笑をたたえて歪んだ。そして、滑るように言葉を吐き出す。
「ま、確かに暴力で全てを支配できるような、退廃した時代だ。昨日を生き延びた事を悔やみ、今日を生きる事に脅え、明日を生きる事を拒む輩も、少なくないからな……誰かが『明日は幸せです』と太鼓判を押してくれれば――例えそれが論拠無き『神』とやらであろうと、それに縋りたくもなるんだろうさ」
 誰もが強く生きていけるわけでは無い。それを理解していても、叢雲には弱き者かれらを理解する事は出来ず、ただ呆れるように諦めるように、我知らずと天井を仰いでいた。
 僅かな沈黙。それぞれがそれぞれに、考える事でもあったのか、それとも単なる成り行きか。どちらであれ、数秒から十数秒の時間、部屋を支配したのは何とも居心地の悪い沈黙だった。
「その宗教団体がさ」
 沈黙を割る行為に後ろめたさでもあるのだろうか。おずおずと差し出すように、佐土布都の右手が耳の位置まで挙がる。
「どうして薙葉を狙うの……?」
 一瞬だけ、尾羽張の視線が明後日の方向へと向く。回答を嫌ったわけでは無く、記憶の糸をほんの僅かに辿る為に。
「復活の為……だ」
「復活……?」
 矢継ぎ早の訝み。八尺瓊の端正な柳眉が、疑問で歪む。
「そう。復活、だ。『蛇の輪廻』ヤツらは "黄泉還よみがえり" とんでいたが、要はヤツらが神とあがめる存在を現世うつよに顕現せしめる事だ」
「そしてその『神』ってのが、一昨日アンタが何度か口にした八岐大蛇――って事かしら?」
 この際、八咫の言葉への無反応は肯定として受け止めて差し支えは無いだろう。場に居並ぶ皆は、そう受け止める事にした。
「で、それと叢雲を狙う事と、どう言った関係があるわけ?」
「恐らくは――」
 少々面倒臭そうに首を左右へ、前後へと揺らす。小さく骨の鳴る音が響いた。
「『部品』、だな」
「『部品』……?」
 眉根を顰め露骨な嫌悪を表情に出すが、そんな叢雲に取り合おうとする気配は、尾羽張には当然無い。
「八岐大蛇の伝承は知っているな……?」
 居合わせる中で一人、佐土布都だけが『古事記』や『日本書紀』の世界にうとかったようだ。大きく首を傾げる仕種を見せる佐土布都の為を思っての事では、決して無いだろう。では何故かと問われれば、特筆すべき理由など無く、尾羽張は説明を加える。
「簡単に言えば、八つの頭を持つ大蛇だ。中にはただ単純に『途轍も無く巨大な蛇である』とする説もあったようだが、真実を知らねぇ学者の戯言たわごとだ。現実に、八岐大蛇は八つの首を持つ蛇の事を指しているのだからな」
「断定、ですか?」
「この前見ただろう。腐れた蛇の化け物を」
 四人は思い思いの間隔タイミングで頷く事で、尾羽張に先を促す。
「あれが、八岐大蛇の八ツ首の一つだ。名は《大雷邪巳》。八の災厄の中で『飢餓』を司る」
 淡々とした語り口に、しかし静かな憤怒が混ざる。冷たく貫くような熱い炎にてられ、佐土布都は一人背筋を凍らせた。
 たった一人の感情の渦が混沌と入り乱れる場の雰囲気を優しく受け流しながら、八尺瓊が割って入る。
「『八の災厄の内』と言う事は、他の七首もまた、何かしらの災厄を司る――と受けて、問題はありませんか?」
「ああ。今言った『飢餓』を司る《大雷邪巳》。それに加えて、『火災』を司る《火雷邪巳ほのいかずちかみ》、『水害』を司る《若雷邪巳わかいかずちかみ》、『震災』を司る《土雷邪巳つちいかずちかみ》、『風害』を司る《析雷邪巳さくいかずちかみ》、『雷火』を司る《鳴雷邪巳なるいかずちかみ》、『人災』を司る《伏雷邪巳ふせいかずちかみ》、『病魔』を司る《黒雷邪巳くろいかずちかみ》。八岐大蛇とは、それら八つ首を『肉』とする『聖剣』の集合体――と言う事だ」
 そこまで一気に捲くし立てて――疲れたのだろうか?ふぅ、と小さな溜息をつく。
「そして、そこに『骨』として組み込まれる『部品』が、叢雲の血族の血と魂に継承され続けた『聖剣』《天叢雲剣》。それら九つの部品が揃った時、やつらの邪巳は "黄泉還り" を果たす」
「まるで積み木の玩具ね」
 一切の感慨を否定するような、八咫の茶々入れ。尾羽張は鼻先一つの嘲笑を飛ばしてから――珍しい事に――「まったくだ」と、賛同の言葉を吐き捨てた。
「詰まる所、その『蛇の輪廻』とか名乗る連中は、その目的の為に叢雲君――と言うよりも、《天叢雲剣》を狙っていると、そう言う事ですね?」
 確認への肯定は、やはり沈黙。沈黙が否定や拒絶では無い事を、僅かな時間で知り得た。その沈黙を無視して、八尺瓊は容赦なく質問を浴びせ掛ける。
「『蛇の輪廻』は、神を復活させて何を企むのか?」
「本当に九の『聖剣』が集まれば神が復活するのか?」
「逆に、九の『聖剣』無しでも不完全なりにも復活は可能なのか?」
「九の『聖剣』を集めた後で、それをどうやって神たらしめるのか?」
 それらを含めた『蛇の輪廻』に関する細々こまごました質問に対する尾羽張の反応も、実際の所、容赦無かった。全ての質問に対する回答はただ「さぁな」。それ以上でも、それ以下でも無い冷めた反応が返るだけだ。
 これ以上の情報を望めないと判断してから、八尺瓊は手を叩き、自分に注目を促す。
「尾羽張君には、この件以外にも幾つか伺いたい事はありますが、また日を改めてからお邪魔させていただく事にしましょう」
 日を見ると、もう天頂近くまで昇っており、そろそろ腹の虫が騒ぎ始める時間になっていた。そのせいもあるだろう、他の四人から異論は挟まれなかった。
「兎に角。相手の目的はどうあれ、叢雲君を狙っている事実自体に間違いは無さそうです。私達は当面、叢雲君を敵手から守ると言う任も兼任すると言う方向で調整を進める事にします」
 それには、異論が挟まれる。発言者は叢雲。顔を真っ赤にしているのは怒りの為か――将又はたまた恥かしさの為か。
「馬鹿言うな!自警団々長たるオレが、どうして守ってもらわなきゃならない?!却下だ、却下!」
「感情に任せて発言すると、理論に破綻をきたしますよ?自警団々長とは言え、貴女も三津草の街の住人です。私達自警団々員は、貴女を守る義務があります」
 静かで、包み込むような優しい八尺瓊の言葉に、叢雲は「グッ」と喉を詰まらせる。彼女は、それを論破できるような言葉を持っていなかった。
「それに、一昨日の晩の事。忘れたわけではありませんよね?」
「あれは……!」
「違う、と仰りたいのですか?」
 笑顔で、しかし目だけは笑っていない異様な威圧感。叢雲は、口惜しげに歯を軋ませて沈黙した。悔しいが、先日の戦いの折、敗北した事は事実だ――例えそれが、尾羽張の言うような『運命あいしょう』の問題であったとしても――。二度目の敗北が訪れないとは、決して断言できない。
 目を伏せ、何も言い返せない自分を叱咤する叢雲に近付くと、八尺瓊は子供をあやすように髪を撫でた。その笑みの真中に浮かぶ双眸には、いつもの柔和な優しさがあった。
「いつもいつも肩肘張って街の住民みんなを守っているんです。たまに私達が守ってあげたとしても、まだまだ私達の感謝が足りないくらいですよ。私達に、恩返しの一つくらいさせてくれたって、良いのではないですか?」
 少しの間だけ、少女のように八尺瓊の優しさに凭れ掛かるのも悪い気はしなかった。叢雲は、素直にそう思った。
 だがそれも、少しの間だけ。八尺瓊の大きく優しい手を乱暴に払い除けると、
「解かったよ。勝手にしっかり守りやがれ」
 吐き捨てた。その後に小さく「ありがと」と続いていた事実に気付いた者が、果たしてこの場に居合わせただろうか?
 もう一度だけ叢雲の頭をポンポンと叩く。今度は振り払われるよりも早く手を引き、八尺瓊は尾羽張へと向き直る。
「尾羽張君には、さっきも言いましたように、他にお聞かせ願いたい事があります。誠に申し訳ないのですが、まだ暫くこの街に留まって頂きたいのです。宜しいですか?」
 反論が無い。それはもう、尾羽張にとっての肯定だと受け取っても良い物だと、八尺瓊は判断する事に決めていた。
「滞在中はこの部屋を自由に使って下さい。裏手に温泉がありますので、そちらの方も併せて使って下さって結構です。温泉とは言いましても規模は小さいですし、人工の温泉ものですので、規模の大きな湯船と言った程度ですが。食事は、この建物の一階に自警団員共用の食堂がありますので、そちらで採ってもらっても構いませんし、伊真君が元気になれば、彼女に言えば振舞って下さるでしょう」
 因みに彼女の部屋は、この部屋の二つ隣にある。
 八尺瓊はその後にも幾つか敷地内の説明を施す。ただ、何の感情も含まれない尾羽張の目を見ていると、それらの全てを聞いているのか、甚だ怪しくはある。
 思い至る分には全ての説明を終えた後、彼はこう切り出した。
「あと、お客人に対してこう言う事を頼むのは迷惑かもしれないのですが、一つ頼み事があります」
 八尺瓊の言葉に、初めて尾羽張が反応を見せた。反応とは言っても、皺眉筋しゅうびきんが空気を動かす程度の、気を抜くと見逃す程微かな反応だったが。実際、反応など見せるはずが無いと高を括っていた八尺瓊はその反応を見逃して、先を続けている。
「滞在中不都合でなければ、尾羽張君にも我が自警団の仕事を手伝って頂きたいのです」
「バ!」
 思いも寄らぬ八尺瓊の申し出に、一瞬気が動転したのだろうか。体は撥ね上がるような勢いで飛び出したわりに、口から飛び出していたのは、言いたい言葉の頭の一文字だけだった。
「カ言ってんじゃねぇ!」
 叢雲が見せたその反応は、『否定』では無く『拒絶』に近いものがあった。
 伸ばした右腕が八尺瓊の胸倉を捻じり掴み、力任せに引き込んだ。次の瞬間、布の裂ける低音が、部屋の中で鳴り響いた。
 いつもは視線よりも高い位置にある長身の美丈夫の双眸が、今は叢雲の目の前にまで下がっていた。
「八尺瓊!お前、解かって言ってんのか?!三津草の街の自警団は、街を守る為に存在しているんだ!!不慮の事故から、思い掛けない災害から!何より、街の治安を乱そうとする不貞の輩達から!!その大任を、こんな素性も得体も知れないような奴に任せられると思ってるのか?!」
 雷鳴のような怒号が、耳元で容赦なく叩き付けられる。流石の八尺瓊も、これには参った。
「落ち着いて下さい、叢雲君」
 鼓膜を打つ咆哮に耳を押さえ、憤怒の形相から顔を背け、八尺瓊は絞首の圧迫から緩りと抜け出す。
 襟首を正し、頭を素の高さまで持ち上げると、馴染んだ視界が広がった。
「それくらい、私だって解かっています」
 圧迫感が残覚する首を撫でさすりながら、叢雲を見下ろす。
「ですが、私は先程言いましたよね?貴女を敵手から守る――と」
 たっぷりと時間を掛けて、不承不承に頷く。
「しかし実際の所、私達が叢雲君を敵手から守る事は、言葉にするよりも遥かに困難なんですよ。理由は、解かりますね?」
 もう一度、頷いた。理由は単純だ。叢雲が、三津草の街において "最強" のほまれある戦士であるが故、だ。叢雲を守るに値する者が相手となると――それは即ち、叢雲以上の戦士を相手にする事と同義。
「現実として叢雲君を守れるような戦力の心当たりと言っても、この街にはそう多くはありません。貴女の傷を癒す事が出来る私か、鉄壁の―逆月―を生成する事が出来る伽模君。あとは単純に戦闘力でぬきん出ている海泥麒君。この三人くらいでしょうか?」
 心当たりを指折りに数え挙げた。
「それでも、飽く迄も貴女を『手助け』する事で手一杯でしょう。ましてや、一昨日の晩のように叢雲君を瀕死にまで追い込めるような手練てだれが相手となると、私達でも貴女を『守る』には――悔しいですが、役者不足なのですよ」
 「強すぎると守れないってのも皮肉よね」とは、清々すがすがしく広がる青空を眺めている八咫の独白。
「ですから、戦力足りうる者は、一人でも多い方が良いのですよ。確かに尾羽張君は素性も知れませんし、決して私達の味方だと言うわけではありません。ですけど、少なくても私達が対立するであろう『蛇の輪廻』に対して敵対する立場にある事は間違いないようです。つまり今後、私達が『蛇の輪廻』に対抗すると言う点に置いてだけは、少なくても戦力として期待するに足る人材なのです」
 理屈を持って説得されると、叢雲とて首を縦に振らざるを得なかった。勿論、本音の所は納得などしてはいない。
 その本音までを汲み取った上で、少しだけ申し訳無さそうな笑顔を浮かべ――改めて、尾羽張へと向き直る。
「とまぁ、そのような理由ワケなのです。尾羽張君の意向を確かめずに勝手に話を進めさせて頂いていたのですが、どうでしょう?引き受けては頂けませんかね?」
 難しそうな表情で目を伏せ、腕を組むその姿は、何かを悩み、迷っているようにも見える。だが同時に、全ての思考を放棄して、眠っているようにも見える。
 果たして尾羽張にとってそのどちらであったのか――回答が得られぬままに、10[sec]程の時間が沈黙の中で流れた。
 そして、彼は一つ大きく呼気を漏らして、言う。
「良いだろう」
「有り難う御座います」
 多少慇懃な素振りながら、八尺瓊は頭を垂れて謝意を示した。
「尾羽張君にお願いする仕事の内容は、こちらで纏めて改めて沙汰させて頂きます。他の自警団の方々への報告もこちらでさせて頂きますので、尾羽張君はもう二、三日はゆっくりと静養しておいて下さい。――それとも、今から自己紹介でもなさいますか?」
 悪戯心の篭った八尺瓊の意見を、尾羽張は一言「しない」とだけ答えた。
 そして、その場は解散となった。叢雲は午後の警邏へと向かい、八咫は街の子供達に向けた教育教室へと出向き、八尺瓊は伊真の主治医としての役目をまっとうしに向かう。
 最後に残った佐土布都は、何処か思いつめたような表情で暫く寝台ベッドに座っていたが――尾羽張が気付いた時には、既に退室していた。

to be continued...

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