第四章 その怒り、適わぬ理に沿い吹き荒れて...

 やァ、やァ、と。幼い男女の声が夕闇に響く。二十人強の影法師が、雑草をよく刈り込んだ大地で御主人の物真似に勤しんでいる。
 街の中央区。広場とも公園とも呼ばれるただっ広い土地で、木剣を振りかぶっては振り下ろすと言う単調な動作を、掛け声を共にして子供達が繰り返していた。
 この街では、中学生未満――義務教育が残っていた時代の年齢区分だが――の少年少女を対象に、午前・午後・夕刻の部にけた自由参加の教育教室を開いていた。
 午前の部は、家事洗濯をしゅに置いた実用雑務教室。午後の部は一般常識から将来何の役に立つのかも解からない基礎・応用・発展・実践の総合教養教室。
 そして現在、夕刻の部。徒手格闘から兵器術まで、幅広い実戦教育を行なう兵役の部。
 時折、子供達の間を飛ぶ、女性に差しかかるかどうかと言う若い少女の叱咤。彼女が現在、この兵役の部の教師を担当している。
 四人の子供達が、少し間をせばめながら、その年上の少女を話題の種にしていた。
叢雲むらくものお姉ちゃん、今日、何か恐くない?」
「うん。何か嫌な事あったのかな?」
「知らないの?何だか、また伊真姉さんが何かしたそうよ?」
「うん。瓊輝たまき先生がそんな事言ってたね」
「またなの?……ぼく、薙葉なぎは先生が怒ってる所って、それ以外知らないよ?」
「そだね。この前は、大人でも危険だからって行っちゃいけない森の中に入って行っちゃったからだったっけ?」
「そう。でもあれって、あそこにしか生えない薬草を採りに行ったからだって聞いたよ?」
「でも、叢雲の御姉ちゃんは、『いかなる理由であれ、決まり事を無断で破るのは良くない。特に、それを決めた自警団員なんだから、伊真は破っちゃいけない』って、前に言ってた」
「……?『イカナル』って、何?」
「さァ?難しくってよくわかんなかった。瓊輝先生に聞いたら、『どんな事であれ』って言ってたけど」
「お前ら!!無駄口を叩くな!!やる気が無いんなら、教習に付き合う必要は無いんだぞ!!?注意力の散漫は、大事故に繋がるんだ!!」
 年長の少女の怒声に、咲かせた四方山話よもやまばなしに折り合いを付け、四人は慌ててそれぞれのを取り、他の子供達の号令に併せて木剣を振り始める。
「八つ当たりはやめて欲しいよなァ……」
 と言う男の子の呟きは、幸いにも彼女の耳には届かなかった。
 少女――叢雲むらくも薙葉なぎは――は、子供達の稽古風景を目の端に捉えながら、内心激しくいらついていた。
 別に、子供達の稽古への取り組みが集中し切れていない事に対する怒りではない。先程子供達が話題にしていたように、伊真と言う姓を持つ、叢雲よりも更に三歳みっつ年長の女性に対する怒りだ。
(伊真の奴……これで何回目だ!?一度二度でも許されるべきではない勝手事を……。自警団員としての自覚はあるのか!?)
 過去の伊真の行動を思い出す。そして更に怒りを募らせる。
『そう言えば薙葉君……』
 そう言って切り出したのは、午後の部を担当する長身の美丈夫だった。彼は今日の伊真の行動を逐一漏らさずに叢雲の伝えてくれた。その時にいの一番に殴り込みをかけたかったのだが、夕刻の部の稽古があるため今まで我慢してきたのだが。
 我慢をすればする程に鬱憤うっぷんは募り、無関係な子供達への叱咤の声が、理不尽な怒号となって夕闇の空に木霊する。子供達は、その理不尽な怒号にも馴れた物で、普段なら和気藹々わきあいあいとした雰囲気を、意識して引き締まった緊張感で覆い隠している。
 大人びた意識の子供達よりも明らかに大人気おとなげ無い叢雲は、収まり付かぬ怒りに苛立ちながら、爪先つまさきでもって、刈り込まれた雑草の若葉を掘り返していた。土が飛び、近くにいた子供の靴を軽く汚したが、子供自身も叢雲も、気には留めていなかった。
「あの……先生……」
「あぁん?!」
 呼ばれ返した言葉には、積もり積もって頂点に達した怒りで、理不尽を極めた険の悪さがあった。流石にそれには自分でも「しまった」と思い、慌てて引き攣った笑顔を返す。まァ、時既に遅く、八歳になったばかりの幼子は、あと一歩で泣き崩れる瞬間だったが……。よほど恐ろしい形相をしていたのだろう。
「え……と……。もう、素振りが終わったん……です……けど……」
 泣き出しそうな自分をふるい立たせてかろうじてそれだけ言うと、我慢していた涙が一滴ひとしずく零れて落ちた。
「わァ!!ゴメンゴメン!!オレが悪かったから、泣くな!!」
 優しい言葉が悪かった。その一言でたががさらにとゆるみ、結局その子は泣きじゃくり始めた。
泣〜かした〜泣〜かした〜」
「叢雲姉ちゃん酷いんだァ〜」
「かっわいそ〜〜」
「おっとなっげなっいんっだぁ〜〜」
 横から茶々を入れる例の四人組を一言の怒声で追い払い、泣いてる子供をなだめ始める。
 彼女は困った表情――それこそ、自分が泣きたい面持ちで、胸中悪態をついていた。
(伊真の奴……後で絶対にブチ殺す!!)
 そこには、少なからず奴当たりが含まれる。

to be continued...

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