涙……

 睦月の終わり。例年にない冷え込みの中で、雪が降る。白い白い雪が。積もるではなく、そのままアスファルトの道路の上で融けて消える。
 きっと今この場で流される涙も、いつかは……消えて失くなるのだろう。つい先日に亡くなった、一人の少女の命のように。
 ガラス張りの障子戸が、風吹くたびにガタガタ揺れる、平屋作りの古い一軒家の一室。正確にはその縁側。真黒な喪服に身を包む人々と、景観にちょっとしたアクセントを加える真白な粉雪とを見比べながら、少年――とは言っても、次の年明けには成人式を向かえ、その数日後には齢もティーン・エイジに別れを告げるが――は虚ろな思考の迷路の中でそんな想いに耽った。
 少年の名は、水島玲(みずしま れい)。生まれも育ちもここ三重県内だが、大学は広島の某大学へと進学した。進学の理由は、そこの大学が機械系の研究に力を入れていると、進学担当の教師に聞いたから。
 人並の学力と、人並以上の努力の賜物で、無事大学に合格。去年の四月から、親元を離れて一人で暮らし始めた。
 今日この三重に帰郷したのは、訃報を受けての事。身内ではない。だが、身内と同様の間柄の家族の長女にして末娘の訃報。
 木で出来た、どこか無機質にも見える箱。背の丈よりも少し大きく造ってある事を考えて概算すると、思ったより彼女は小柄だったのだなと、妙な感慨が湧いてくる。
 木の箱の周りに並ぶ花。花の名前なんて、タンポポとヒマワリくらいしか知らない玲には、どれが何と言う花かは皆目見当も付かない。しかし、その花々に囲まれて一際大きく美しい笑顔を花咲かせる写真の少女の名は、よく知っている。
 由直瀬香奈(ゆなせ かな)。玲と家族ぐるみの付き合いがある、由直瀬の家族の一人娘。遠慮がちで、そのくせ活発で。成績は決して良ろしくなかったが、朗らかな笑顔で老若男女の心を惹き付ける、不思議な魅力を持った元気印の少女。
 玲よりも一つ年下の少女・香菜は、玲が今まで生きてきた中で一番のお気に入りだった。妹として、家族として、親友として、悪友として、そして――恋人として。ある意味では父や母よりも愛してやまない、血の繋がりの無い家族。
『玲ちゃん。私ね、玲ちゃんと同じ大学受ける事にしたの。そうすれば、玲ちゃんと一緒にいられるでしょ?成績?頑張ればそんなのどうにだってなるって。玲ちゃんがいつも言ってるじゃない。報われたいなら努力しろって』
 そうやって話したのは、玲が実家を出る前の日の事。夜の公園で、隣同士のブランコに乗りながら、香菜は言っていた。
『玲ちゃんの下宿って広いじゃない。私くらい転がり込んでも大丈夫よね?』
『馬鹿言ってんじゃないよ。由直瀬の父さんがンな事許してくれるわきゃ無いだろ?ですよね?』
『ん?玲君が相手なら、万が一が起きたって俺は気にしないさ。どこの馬の骨ともわからん男に嫁にくれてやるより、玲君の方が俺としても安心できるしな』
『お、玲。親御さんからお許しが出たぞ。これで気がね無く床を共にできるじゃねぇか』
『ば!!……か、……言ってンじゃねェよ。このエロ親父!!』
『もう、お父さんも変な事言わないでよ!』
 二つの家族で年越し蕎麦を囲みながら、久し振りの喧嘩で親父に殴り負けたのは、一ヶ月も前の事じゃない。あの時見せてもらった香菜の模試の結果は、高ニの頃からでは想像だに出来ない程に上がっていた。これなら、桜咲く頃には同じキャンパスで時を過ごすのも、夢ではなかったはずだ。
 嬉しかった。双方の両親は、冗談事や場の雰囲気で二人を同居させると言ったのではなく、本気であった。来年の春からは、嫌になる程顔を合わせて生活が出来るのだと思うと、嬉しさで胸がはちきれそうになる程だった。
 それが……。つい数日前までは一杯だった胸の中が、今は空虚だった。
『香菜ちゃんがな……亡くなった。ただの、自転車との接触事故だってよ。昨日の夜、な。塾の帰り……。雨で、視界も悪かったんだろうな。相手の自転車が、十字路を出会い頭に。香菜ちゃんその時、壁に頭ぶつけちゃったらしくて。当たり所が……悪かったんだろうな……。そのまま、相手が呼んだ救急車の中でさ……』
 父親の声が、涙で濡れていた。その時はどこか遠くで聞いていたその言葉が、今はすぐ耳元で聞こえるような気がした。
 その言葉の意味が、解からなかった。何度も何度も、聞き返していたような気がした。父は、涙に濡れる声で、言われるままに、何度も何度も繰り返して言っていた。
 結局、『葬式には、顔を出せよ』の言葉のままに帰郷してから――漸く、その意味が解かったような気がした。いや、もしかしたら今でも解かってないのかもしれない。ただ……同じ大学に通えない事だけは、何となく理解したつもりだった。
 縁側で、柱に背中を預けたまま、空を見上げた。雪が、しんしんと止まず降り続けていた。
 別れの式が終わるまで、彼はずっと式場でないそこで空を見上げていた。
 結局、涙は流れなかった。



 弔いの儀式は、厳かに執り行われる。仏僧の読経に併せるように流される涙の唱和に耐えきれず、少年は人気の失せた軒先に逃げていた。涙の音に負けて、意志で抑えた涙腺が弱くなるのを嫌ったから。涙に濡れた瞳では、少女の死出の旅路を見送れない。
 雪が降る。積もらず儚く消えて水に成り、そのまま流れて失せる。そんな雪達が、溢れる哀しみを優しく包んで、涙を倶してくれれば良い。今は涙に曇っても、いつかは少女の旅を見送ってやらなければいけないのだから。それが、死別と言う物だから……。
 粉雪をソッと手に取って、少年は思った。
 少年の名は、鈴木良(すずき りょう)。初見は中学生にしか見えない小柄な体躯と幼い面を有しているが、その実年齢は十九歳。普段はあどけない笑顔を振る舞う童顔も、今は同郷の少女の死を悼み、哀しみに曇る。
 鈴木は、玲と同じく生まれも育ちも当地三重。現世に生を受けて十九年、郷里を共にした仲だ。現在でこそ鈴木が県内の国立大学工学部に籍を置く為に学び舎を異にしているが、高等学校までの十二年間は取り立てて驚く程でもない偶然の巡り合わせで、学び舎を共にしていた。流石に、クラスまでは時の運に任せて異同したが。
 同じ町内の生まれ、同じ学校へ通う縁があり、玲とは仲が良かった。結果、玲に懐いていた香菜との面識も厚く、彼女の事を妹同然に可愛がってやっていたものだ――傍目には、"兄"と"妹"と言うよりも、"姉"と"弟"であったが――。
 気を抜けばすぐにでも流れ出そうとする涙を、慌てて拭った。妹の最期の旅くらい、笑顔で送ってやりたい。彼なりの、死者への哀悼だ。
「形ある物はいつかは壊れる。命ある者はいつかは死す……か。運命とは言え、早すぎるよ……」
「まったくだ」
 誰へともなく呟いた言葉に返る言葉。聞き慣れた声音は、どこか苛立ちで気色ばんでいた。理由は、わかっている。
「おかげで、オレ様が他人の葬式になんぞ参列せにゃならんハメになる。周りもジメジメと湿っぽくなる。……勝手に死んでんじゃねェよ」
 不躾な言葉の主は、家を出る時からこの調子。流石に遺族や故人の知人達の前では大っぴらに不満の言葉を溢したりはしなかったが、それにしても死者に対する労わりの念に欠ける。
 非難がましく睨み上げる鈴木の冷ややかな視線も、素で険を孕む男の視線の前に叩き落された。
 稲村晃司(いなむら こうじ)と言うのが、男の名前だ。鈴木の隣家に住処を構える、縁も腐れた馴染み仲。どれほどの腐れ縁かと言うと、事の始めは生まれた医院を同じくした所から始まる。以来、幼稚園から小学校、中学校、高等学校と続き、現在では大学に至るまで。学び舎を同じくしたのみならず、奇しくも奇しく、クラスを違えた事は一度たりとも無いほどだ。
 逆算的に思考を巡らせれば、玲との仲も決して短からぬ事くらい想像に難くは無いと思う。だからと言って、深さまでを安直に結び付けてもらっては困るが……。
 玲と稲村の仲は、決して親しくはない。日曜日の度に行動を共にしたりもしなければ、「何となく」と言う理由で無駄話の電話をする程の仲でもない。だからと言って、悪いわけでもない。顔を突き合わせば軽く挨拶も交わすし、目的地が同じなら特に気遣う事も無く、道中ちょっとした世間話に花を咲かせてしまう事とてしばしばある。逆に言えば、その程度の仲でしかないのだが。
 だから、いつも玲に付き纏う香菜との面識も、決して薄くはない。ただ、彼女との仲はお世辞にも親しいとは言えなかった。元来自分本位の稲村は、自ら進んで会話を振ったりはしない。香菜は香奈で、常に高圧的な態度を纏い、視線には強い険を孕み、言葉使いも乱暴な稲村に対しては、どうにも言葉をかけ辛かったらしい。稲村との会話は、玲か鈴木を介してくらいしか交わさなかった。
 だからだろうか?稲村は、香奈の訃報を聞いても取り立てて哀しみを感じたりはしなかった。可哀想だなと、心の端で軽く黙祷を捧げてやった程度だ。ただ「同郷の者が亡くなった」と言うだけで涙を流してやれるほど、彼は優しい人間ではない。「もしも僕が死んでも、涙を流してくれるかどうか……分の悪い賭けだなァ……」などと、鈴木は本気で思ってしまう。
「だからって、知らない仲じゃないじゃないか。最期くらい、一人でも大勢で見送ってやろうよ」
 口を尖らせて、薄情者と暗に罵る。長年の付き合いで、言葉の端々に込められたニュアンスを的確に悟りながらも、稲村は一向に気にした様子もない。
「数あるオレのモットーの一つ、教えてやろうか?自分以外は」
「全て他人でしょ?わかってるよ。わかってるけどさ。僕にとっては、香奈ちゃんは『他人』じゃないんだよ。血の繋がりこそは無いけど……大事な、妹なんだよ……」
 はァ、と。溜め息を吐いた。稲村の、諦めにも似た境地の胸の息。人類皆兄弟を座右の銘に置く鈴木との思考のギャップを、改めて身に刻んだ。
「俺だって解かってるよ。だから、一応付き合ってやってンじゃねェか。このジメジメしたムードの中で黙って座っているのは苦痛にしかならんぞ。これだから他人の葬式なんぞ出たくないンダ?!」
 最期の二文字が悲鳴に似た色に彩られた。前触れ無く後頭部叩き付けられた激痛に、声が上擦ったのだ。
「場を弁えて、言葉を慎みなさい。死者の霊前で。失礼よ」
 叱咤の言葉。若い女性の美しいソプラノ・ボイス。震えているのは、怒っているからだろうか?
 聞き慣れた声だった。それだけで、言葉の主と、激痛の原因が芋蔓式に解かる。
 言葉の主は見知った女性。激痛の原因は殴られたから。例え前者が解からなくても、後者だけが解かれば、食ってかかるに充分以上の理由だった。
「てんめェ〜〜、咲良ァ〜〜!!何しやが……る……?」
 勢い込んで振り返るが、気勢は殺がれて尻窄み。言葉も思わずしどろもどろ。
 女性が立っていた。真黒い喪服で身を固めた女性が。稲村の後頭部を右のグーで殴りつけたまま。
 彼女は、飾らずに言えば、まァ「美女」と言うやつだった。
 白磁のように透き通った肌。若木のようにしなやかな四肢。稜線のように美しい曲線の体躯。薔薇のように鮮烈な唇。滝水のように潤う豊かな黒髪。
 およそ工芸品のような部分部分の美しさは、個として見れば一つ一つが主張し合う、嫌味な美しさだった。しかし、全として見れば不思議と親しみ易く、計算し尽くされたように整った美貌へと変わる。道行く異性の視線を釘付けにし、結婚を前提とした告白を受けた事も、二桁では足りない――申し出については、全て丁重にお断りしたが――。
 誰もが一瞬――もしくはそれ以上の時間――息を呑む美貌であったが、生まれて十九年間、三日と開けずに顔を突き合せていれば、それも見慣れた日常の一部。稲村にとっては、それも通り越して「見飽きた」感さえある。だから、別に彼女の美貌に見惚れて気勢を殺がれたわけではなかった。
 稲村が気勢を殺がれた理由は、その見飽きた美貌に据える二つの瞳が、哀しみで赤く染まっていたから。見慣れぬその表情に一瞬、面食らってしまったから。鳩が豆鉄砲食った顔って、きっとこんなだろうなと。珍しい稲村の狼狽を、一人鈴木が楽しんでいた。
「それと」
 女性の言葉が、やはり打ち震えていた。それが怒りでは無く、精一杯に堪えた涙のせいだと気付くのに、不覚にも稲村は二秒以上の時間がかかった。そしてその熟考の時間が、更なる不覚へと繋がる。
 ゴッ!!と、唐突に稲村の頭が跳ね上がる。見ると、美女の白魚のような右の拳が、今度は稲村の顎を捉えていた。振り抜き、痛烈な痛みを稲村の痛覚に与える。
「何度も言うけど、『咲良さん』でしょう?目上の者にはきちんとした敬語を使いなさいって、いつも言ってるでしょう?まったく……デキの悪い弟を二人も持つと、大変だわ……」
 無理して平静を装う美女――咲良が、痛々しくも思えて、鈴木は目を反らしていた。
 女性の名は、鈴木咲良(すずき さくら)。鈴木――良の方だが――と姓が同じなのは、偶然ではない。同じ父と同じ母を持てば、それは単なる必然だ。実の弟である良と、一人っ子の稲村の姉に当たる存在として、日々二人の「デキの悪い」弟の面倒を見てやっている。
 年齢は二十一才と若く、高校卒業後、県内の音響メーカーに就職。進路指導の担当教師は、頻りに進学を勧めた。彼女なら、実に八年ぶりの都内の旧帝大進学も確実だと。しかし、彼女はそれも丁重に断った。曰く、「これだけ参考書が溢れる世の中だし、勉強しようと思えば、独学でも充分過ぎる程に学べる。将来『研究』に興味が湧いて、それがその大学ででしか出来ないようなテーマだったら、その大学に進学するつもりです」らしい。しかし高卒であるはずなのに、何故か大学教授や助教授にコネがあるから不思議だ。
「人の事ポコポコポコ殴りやがって……!!女だと思って甘く見てやっていたが、もう堪忍袋の緒も切れた。今ここでケリ付けたらァ。表ェ出ろ!!」
「……良いわよ。私もちょっと、香奈ちゃんの前で涙流した自分に苛立ってた所なの。返り討ちにしてあげるわ」
 赤く腫れた目の下を、もう一度拭う。そして、二人は雪の降る表に連れ立ち出て行った。
 その後ろ姿を見送りながら、鈴木はポツリと呟いた。
「ありがとね、稲村。御姉の気分転換に付き合ってもらっちゃって……」
 正面切って言えば、殴り殺される事が解かっているので――彼は、聞こえないように呟いていた。



「水島君……つらそうね……」
 黒い服をスパンコールのように雪ん子達が飾り立てるのを気にも留めずに、咲良は雪空の下で呟いた。
 鈴木は、姉の視線の先を追い、縁側の柱に力無く背中を預ける玲を見やった。
「うん……」
 小さく、呟き返した。
 玲は、取り分け元気と言うわけではなかった。だが、いつも自信にだけは満ち溢れていた。それが――今の郷友には見受けられなかった。
 ただ……。何を思うてか物憂げに……何を求めてか心虚ろに……。舞い散る粉雪を空ろに追って、灰色の雲を見上げている。
「『哀しい』……って言葉だって、虚しくなるだろうにね……。本当は、泣きたいんだと思うよ。泣けば、涙が哀しみを洗い流してくれる。濡れた心を拭ってくれる。それでも涙を見せないのはさ……。強いから、なんだろうね……」
 掛けてやる慰めも、差し伸べてやる優しさも見付けられない。何もしてやれない自分が、常よりも小さく感じられて、鈴木は唇を強く噛み締めた。
「強い……ね……」
 弟の言葉を、咲良は小さく反芻した。
「私は、そうは思わないな……」
「え?」
 思わぬ姉の言葉。鈴木は、間の抜けた言葉を返しながら、間の抜けた表情を見せた。
「良が涙を見せないのは、見ていても『強いな』って思えたわ。香奈ちゃんの旅立ちを、涙で濡らしたくないって言う、健気な強さがさ」
「そんな……面と向かって言われると……」
「でもね」
 照れる鈴木を視界にも入れず、そして間髪も入れずに言葉を繋いだ。
「水島君は、違うのよ。どう違うのかは解からないケド……。痛々しいの。触れるだけで、音も無く散々れてしまいそうな程さ。儚く、脆く――」
 言葉を切ったのは、空から目線を下ろした玲と、目が合ったから。三人の姿を認めた玲が、ガラス越しに手を振っていた。笑顔で――しかし、力無く。
 一瞬の間を置いてから、鈴木がぎこちない笑顔で手を振って返すと、また雪を落とす曇天へと目を上げてしまった。
「うん……僕にも、解かった」
 玲に返したぎこちない笑顔のままで、鈴木が言った。脳裏に浮かぶのは、玲が送ってくれた、先刻の笑顔。
「強くなんか、無かった。物凄く弱かった。あんな無理した笑顔……。見てるこっちの方が、苦しくなるよ……」
 力無く、ぎこちなく、覇気も無く、まるで死面のように虚ろな笑顔。強い人間なら、悲しくても、そんな笑顔を作ったりはしない。
「吹っ切れなんて言わないけどさ……早く、元気になって欲しいね……」
 姉の言葉に、鈴木は首を縦に振った。
「……うん……。……それよりさ……御姉?」
「ん?」
 鈴木の言葉に、咲良が応える。
「その……稲村。そろそろ真剣ヤバいよ?」
 言って、咲良の腕の中でアジサイのように顔を紫色にした稲村を指差した。
 稲村は、完璧に首を締められ、白目を剥いていた。口からはだらしなく、唾液の泡を流している。
 合気道の「入り身投げ」の要領で、咲良の右腕が稲村の咽喉を内肘で押さえている。しかし、そのまま稲村を背中から打ち倒すような事はせず、自身が背後に回り、どっしりと腰を構えたままで、同時に左掌で稲村の後頭部を押さえて立ち締めに移行していた。
 腕力ではなく、体勢を安定させつつ締める事で、首のロックを強固にする技法。天神真楊流柔術「真之位」。本来この技は、首締めの後に右腕を縦に返して、水月に強烈な肘を落とす連携技で、「天狗勝」へと昇華される。
 咲良は、見様見真似でこの荒技を稲村に仕掛けていた。
「良いのよ。他人の葬式には出たくないって言うんなら、自分の葬式にくらい無理矢理にも出てもらおうって言うつもりなんだから」
「いや、でも、死んぢゃうよ?!」
 超然と語る咲良の言葉に、鈴木が少し声を荒げるが、
「だから、それが目的だってのよ」
 シレッと取り付く島も無い。
「ダメダメダメダメェーーーー!!!葬式の日を命日に選ぶような準備良いのが友達だなんて思いたくないよォ〜〜!!」
「思わなければ良いのよ」
 冷たく突き放す。
「人殺しの弟とか言われて一生過ごすような羽目になりたくないし」
「今ここで縁切ってやっても良いわよ?」
 フフフと妖しく笑って言う。
「……。大好きな御姉と愛する稲村がイチャついて絡み合っているサマを見せ付けられる僕の身にもなってよ?!」
「待てぃ!!あ〜〜……。色んな意味で気色悪い事言ってんじゃないわよ!!」
「あァ?!さては……!!」
 ズザザ!!と、唐突に身を引く鈴木。そして、恐る恐るにこう言った。
「殺して抵抗できなくしてから、稲村の体を玩ぼうと言うのね?!不潔だわ!!」
「薄気味悪い事言うんじゃないっての!!死姦罪背負って生きてくつもりはサラサラ無いわよ!!」
「筋肉弛緩剤とか言ったり。ア〜ハッハッハッハ!!どう?面白い?一緒に笑お。さんはい、ア〜ハッハッハッハ!!」



「香奈ちゃん……。もしも輪廻ってのが本当にあるのなら……次の輪廻でも、仲良くしようね……?」
 式はまだ続いている。涙を見せずに見送ってやれるだけの我慢が回復したと思った。だから咲良は一人、式場へ向かう。
 雪が降る。シンシンと……コンコンと……。
 降り積もって、優しく哀しみを包んでくれれば良い。春になる頃、包んだ悲しみと一緒に流れて消えてくれれば良い。
 濡れたアスファルトの上を、ポツリポツリと白く染め始める雪を見上げて、そう思った。天国の香奈の姿は、やはり見えなくて……。俯き、咲良はその場を後にした。
 動かなくなった二つのゴミの上に、雪が降って積もりゆく……。

to be continued...

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