願の叶う神社
著者:久我山 濯

 始めから「魂魄神社」に行こうなんて、思っていなかった。
 あそこはいつも薄暗くて、年末年始に着飾った人がやって来るのを見たことがない。手入れもされていないので、そのたたずまいは廃墟のようだ。
 一度、散歩をしていて犬に引っ張られて入ってしまったことがあったが、その時、太い杉の木に、紙が釘で留められているのを見つけた。
 
 結城 桜子 死ね
 
 私の家の2軒隣に、結城さんは住んでいた。私がこれを見つけたのは、奥さんの桜子さんが死んだ直後のことだ。旦那さんが浮気をしていたのは、近所でも有名だったが、これはその浮気相手が書いたものだろうか? 彼女の願いが叶って、奥さんは死んだのだろうか?
 
 そんな「魂魄神社」に私が受験の祈願に行ったのは、願い事が"後ろ向き"だったから。
 難攻不落の制海高校に入るには、自分が頑張る以上に、他人に頑張らないで貰わなくてはならなかった。
 だから、私は願い事を書いた紙を、あの杉の木に釘で留めた。
 
 西郷 朋 以外は制海高校の受験に落ちますように
 
 願い事は叶った。テレビ沙汰になる程に。
 私の書き方が悪かったせいで、制海高校の受験に合格したのは、本当に"私一人"になってしまったのだ。制海高校では急遽特別入試を行って、漸く人数を揃えたという、前代未聞の出来事になってしまった。
 どうやら、願い事は書かれたことに忠実に叶えられるようだ。言葉には気を付けなければ。


 それからというもの、私は「魂魄神社」に通い詰めた。
 
 制海高校に西郷 朋よりも勉強の出来る人がいませんように
 制海高校に西郷 朋よりもかわいい女の子がいませんように
 西郷 朋以外は元宮 彗の彼女になれませんように
 
 制海高校を受験したのは、中学の時の先輩、元宮 彗と同じ高校に入りたかったからだった。勉強も運動も出来て、顔もカッコいい。ちょっと軽薄な感じだが、女の子からの人気は絶大だった。私のような地味な女には見向きもしないだろうと諦めていた元宮先輩。
 その元宮 彗も、ここで願ったからには、もう私のものだ。


「勿論、俺の彼女は朋だけだよ」
「じゃあ、どうして怜子と映画に行ったりしたのよ!」
「俺のことを好きだって言うんだから、断れないよ。俺がそういう性格だっていうの、朋も知ってるだろ?」
「馬鹿!」
「あ、待てよ」
 何だって言うのよ! せっかく願いが叶ったっていうのに、相変わらず彗の回りには女がうろちょろして、気の休まる暇もないじゃない。
 私は彗の制止も聞かず、一目散に「魂魄神社」を目指して駆け出した。
 茫茫たる生垣を掻き分けて、朱の剥げ落ちた鳥居を潜る。異様と呼ぶに相応しい、静かで陰気な気を放つ拝殿に辿り着くと、賽銭箱の後ろに隠してある釘と金鎚を取り出し、鞄の中にあるノートから、紙を無造作に破り取った。
 
 彗のことを好きな女は皆死ね!!
 
 赤のサインペンで書き殴り、キャップもせずに杉の木へそれを押し付けた。
「死ねっ!」
 左手で紙と釘を抑え、右手で大きく金鎚を振り被る。これで、本当に彗は私だけのものだ。邪魔者は皆死ね!
 私は渾身の一撃を、釘の頭に打ち下ろした。
 
 
 胸に穿たれた穴から、赤黒い血が、止め処なく溢れ出す。
 何故?
 ひょっとして、書き方が悪かったのだろうか。
 今度は、気を付けなければ…
 


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